公益財団法人 世界宗教者平和会議日本委員会

Heartful Message

こころの扉

小羊として

日本聖公会首座主教・WCRP日本委員会理事 武藤謙一

2月24日に始まったロシアによるウクライナ軍事侵攻は現在も続いており、解決の道も見出せず、さらに長期化することが懸念されています。21世紀に、再びこのような一方的な軍事侵攻が行われ、多くの尊い命が犠牲になり、多くの人々が故郷を追われて難民として国外に避難するような事態が起こるとは思ってもみないことでした。本当に心が痛みます。しかし実際にはウクライナだけではなく、ミャンマー、シリア、パレスチナなど世界各地で同じように命が奪われ故郷を追われている人々が多くいることも忘れてはならないことです。

一方的な理由での軍事侵攻、言論や情報の統制などロシア政府が行っていることは、かつて日本政府がアジア諸国に行ってきたことと重なります。日本においては今後ますます「他国からの脅威」が強調され、「憲法改正」、防衛力強化、日米安保条約の強化(沖縄米軍基地の固定化)が懸念されます。またロシア軍がチョルノービリ原子力発電所、ザポリージャ原子力発電所を攻撃したことは、一たび戦争になれば原子力発電所が攻撃対象となり得ることを如実に示しています。

このような厳しい現実に対して、わたしたちはどのように向き合うのでしょうか。武力に対して武力で対抗することでは平和を作り出すことはできません。わたしたち宗教者は、憎しみの連鎖を断ち切り、平和を実現するために、祈りと愛と対話こそが必要であることを知り確信しています。

新約聖書の中に、イエスが72人の弟子を派遣する物語があります。その時イエスは「行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れの中に小羊を送り込むようなものだ。」と言われます。多くの困難が待ち受けている、ということでしょう。本田哲郎神父はこの箇所を「行きなさい。さあ、わたしはあなたたちを、狼とは対称的な子羊として、派遣する。」と訳しています(『小さくされた人々のための福音』)。「小羊として」とは、力ない者、弱い者、貧しい者ということです。権力や武力に対して、同じ土俵で対抗するのではなく、目に見えぬ超越者への信頼をもって、互いに愛し合い、赦し合い、助け合うことの重要性を語っています。

広島、長崎での被爆、また東京電力福島第一原子力発電所事故による被曝を体験した者として、祈りと対話をもって核兵器や原子力発電所のない世界、一つひとつの命が尊ばれる世界の実現のため、皆様と共に歩みたいと願っています。

(WCRP会報2022年7月号より)

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