公益財団法人 世界宗教者平和会議日本委員会

Heartful Message

こころの扉

大仏殿での式典を思い出しながら

華厳宗宗務長・東大寺執事長 上司永照

この会報への原稿執筆依頼を受け、思い出すことがありました。平成22年9月25日午後、前年からWCRP日本青年部会によって働きかけられていた「アームズ・ダウン!共にすべてのいのちを守るためのキャンペーン」署名運動最終日の式典会場として、大仏殿内参道の西側芝生に3500人が集結したことです。

現在も世界中から多くの参拝者が訪れる大仏殿は、奈良時代の創建です。都の奈良が「咲く花の匂うが如く」と謳われ華やかなりし聖武天皇治世のこの時代は、一方で、紛争があり、大地震、旱魃飢饉、そして疫病の流行が続く等、命が次々に失われる、憂いの時代でもありました。全ての責めを負う帝は悩みぬきました。たどりついた答えが大仏造立でした。驚くことに、その発願の詔は、国の安泰や人類の繫栄を説くものではなく、願いは「乾坤相泰 動植咸栄」に集約され、「一枝の草・一把りの土を持ちて‥」と民に呼び掛けるものでした。天地の営みが順調であり、全ての動物物が栄えることを願わんがための造像であり、小さくても、一人一人の力を集めて造ることに意味があると。負担の大きい巨大事業であったはずですが、その後、二度の災禍にも再建されたのは、込められた願いが、決して忘れてはいけないものだったからでしょう。

転じて、現代社会に眼を移せば、科学文明の発達目覚ましく、IT革命、AIの登場等々、未来への可能性は益々広がります。一方、天災、人災は多発し、疫病の流行が世界を震撼させ、戦争は止まず、尊い命が失われています。天平時代の憂いと変わらないではないですか。アームズダウンの呼び掛けである、核兵器の廃絶や、軍事費を減らし、世界中の貧困や、人権、福祉、医療、環境の持続などの問題解決に振り向けようという“祈り”の本質は、天平時代の大仏造立の理念に通じます。私達、人間の行いが、この憂いを作っているならば、その人間がそれを少なくしなければなりません。当山がこのキャンペーンに賛同し、大仏殿が式典会場となった理由でもあります。平和や、それに繋がる環境の問題については、全ての者が向き合うべき課題であろうと思いますが、殊に宗教者においては、尚更でしょう。そしてグローバル時代と言われて久しく、民族や宗教、文化を相互に理解しあいながらの話し合いは必然となっています。

13年前のキャンペーンでは、1127万7422人(世界では2010万2746人)の署名があったと聞きました。この数字の意味することは、巨大な政治や財力だけでなく、個としては小さくても、夫々の想いを結集して造られた大仏さまが災禍を乗り越えて、今も座しておられる意味と共に、改めて問うていかなければならないことでしょう。真の平和実現の大願を成就せんことを心から祈ります。

(WCRP会報2023年12月号より)

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